この記事では、自動微分(Automatic Differentiation; AD)が、インベストメントバンキング、特にトレーディングデスクとその運用に、どのようなプラスの影響を与えることができるか見ていきます。
クイックイントロ
NAG では、長年にわたって AD ソリューションに取り組み、それを提供してきました。その利点について話す前に、AD とは何かを簡単にご説明します。AD は Automatic Differentiation または Algorithmic Differentiation の略です。これは、コンピュータープログラムとして実装された数学関数の導関数(つまり、感度)の正確かつ効率的な評価を支援するための技術です。複雑な問題の正確な導関数をより速く提供します。多くの分野で利用できますが、ここでは金融分野、特にインベストメントバンキング(投資銀行業務)に焦点を当てます。
AD はインベストメントバンキングにどのように役立ちますか?
私たちの経験から、エキゾチックデリバティブや市場変動の影響を受ける商品を取引するデスクは、AD 技術の恩恵を受けることができ、また、実際に恩恵を受けています。すべてはリスク計算の速度にかかっています。銀行がボラティリティーの高い商品のリスクポジションを計算する際、"有限差分" または "Bumping" と呼ばれる方法を使用する傾向があります。Bumping を使用するとリスク計算に何時間もかかる場合があり(しばしば、夜間に実行されます)、このような場合に AD が威力を発揮します。基本的に、AD は、高度なアルゴリズムのライブラリであり、商品の感度またはグリークスを 10 倍から 6000 倍速く計算できるようにします(注:これらの結果は、NAG の AD 製品 dco/c++ の事例に基づいています)。
これはどのように行うのでしょうか?簡単に言えば、このスピードアップは、アジョイント AD を利用することによって達成されます。これは、概念的には、プログラムを逆方向に実行して、Bumping 時に観察される複雑さの線形的な増加を回避します。さらに、AD は、すべての組込み演算の正確な導関数による連鎖律(Chain Rule)を用います。これは、デスク全体に大きなプラスの影響を与えます。
すべては、AD に精通している人物、クオンツ、また、価格設定とリスクのライブラリを構築・維持している人から始まります。最初のステップは、これらのライブラリに AD を実装することです。これは、多くの場合、人々が考えるよりも早く実装できます(これについて詳しく知りたい方は、NAG の記事 自動微分の誤った神話シリーズ をご覧ください)。これが完了すると、AD 技術は、すべてのリスク計算の速度を最適化し、それらをマシン精度で計算するための広範な機能をクオンツに提供します。
プロセスの反対側にいるのはトレーダーです。より速く(日中に)、より豊富なリスクが(つまり、Bumping を用いた計算よりも多くのリスクが)AD によってもたらされるため、トレーダーはより自信を持って、より効果的に仕事を行うことができます。スピードがあるということは、リスクを一晩かけて計算する必要がないことを意味します。このスピードアップにより、トレーダーは、1日に複数回のリスク計算が可能となり、より多くの情報が得られ、より多くの意思決定が可能となります。
全体として、AD は次のような多くの問題を解決できます。リスク計算に時間がかかりすぎる、すべてのグリークスが計算されていない、さらにはデータの精度に関する懸念...銀行がこれらの問題に苦しんでいるとき、それはトレーディングデスクが有利な決定を迅速に行うことができないことを意味します。また、ネットゼロがますます重要視されるようになると、計算時間の節約は銀行業務にとって不可欠なものになるかもしれません。
総じて、AD を用いれば、トレーディングデスクは順調にヘッジを行い、市場での競争力を得ることができます。これは、数学的アルゴリズム技術が、豊富で安価で正確な日中リスクを提供できるためです。これは、トレーダー、および、ビジネスにとって、より多くの利益を意味します。
さらに掘り下げてみましょう。
投資銀行は長時間労働と(潜在的に) 高いレベルのストレスを伴う多忙な場所です。AD が銀行にとって素晴らしい手段となる理由は、まさにここにあるのかもしれません。AD は非常に高度なコンピューターサイエンス技術と数学の融合であり、AD が実装されると、銀行はよりスマートに業務を遂行し、支出を抑えることができます。また、FRTB が導入されると、銀行はさらに多くのリスク計算を行う必要があります。管理不能になる前に、AD の導入は FRTB に準拠する良い機会になるかもしれません。
AD の導入の検討には、概念実証(Proof of Concept; PoC)をお勧めします。その目的は、トレーディングデスクが AD から得られる利点を理解できるようにすると同時に、プロセス全体をできるだけ簡略化することです。結果がすべてを物語るため、全面的な賛成に役立ち、また、起こり得るプロジェクトの失速を防ぐのにも役立ちます。
標準的な PoC は、トレーニング、計画、実装の3つの部分に分けられます。銀行のライブラリのクオンツ/ゲートキーパーは、成功指標を確立し、設計、テスト、デバッグ、パフォーマンス調整、等々を行う際、AD の専門家と協力して働くことを強くお勧めします。これらすべては、クオンツが AD 技術を理解するのに役立ちます。
全体として、PoC は、リソース、時間、費用を費やすことなく現実世界の結果指標を用いて、AD がトレーディングデスクとそのライブラリに与える影響を徹底的かつ迅速に評価するための低コスト、低リスクの方法です。
そして、(PoC が AD の有効性を証明した場合、)次のステップは、トレーディングデスクのライブラリに AD を完全に統合することです。もし、AD に精通したスタッフが銀行にいないのであれば、AD の統合が他のプロジェクトや日常業務の妨げにならないように、そして、引き続きライブラリの管理を銀行が行うことができるように、トレーディングデスクは AD の専門家の助けを借りることをお勧めします。
優れた統合サービスとは、AD の価値が最大化されることだけでなく、AD の学習曲線を取り除くことによって、できるだけ早く統合が達成されることを意味します。
最後に、大事なことは
銀行が AD を最大限に利用できるようになるまで、API、性能、バグ修正、および、一般的なアドバイスについて、AD の専門家のサポートを受けることをお勧めします。これにより、プロジェクトや開発作業の無駄な遅延を無くし、トレーディングデスクの運用に最大限の信頼を与えることができます。また、運用にあたり、あなたを助ける準備ができている誰かが常にいるという事は、非常に価値があります。すべてが稼働したとき、AD の専門家のサポートが常に有益であったことが分かるでしょう!
以上です!
この記事では、インベストメントバンキング、特にトレーディングデスクにおいて、AD を利用するメリットを見てきました。AD がどのように機能し、どのような価値をもたらすのか、AD の理解の一助となれば幸いです。